東の国での過ごし方
「こ、これは……!」
誠一たちが侍の襲撃を退け、そのまま影の里へと向かった後、しばらくしてその場所に怪しげな男たちが現れた。
この東の国では少々珍しい、全身を覆うローブを身に纏っており、服は日本ぽさを感じない。
だが、その男たちの顔には、まるで鬼のような仮面が付けられ、とても不気味だった。
そんな謎の集団の者たちが倒れている侍に近づくと、それぞれの体を確認する。
「……隊長。どうやら全員生きているみたいです」
「ただ、どれも手ひどくやられており、すぐに動くのは無理かと……」
「な、何が起きたというのだ……」
隊長と呼ばれた男は、部下たちの言葉を耳にしながら頭を抱えたくなった。
「もう二度と失敗できないというから、今まで以上の腕利きを送ったのだぞ……それも、【天刃】がいないこの状況で! 今の大和家についている者など、忍び風情が精々ではないか! どうやって……!?」
「隊長! 侍衆の一人が目を覚ましました!」
「ッ! 今すぐ連れてこい!」
隊長がそう命令すると、男たちに慎重に抱きかかえられた一人の侍が、満身創痍といった様子で隊長のもとに連れてこられた。
「何があった!? 説明しろ!」
隊長はできるだけはやる気持ちを抑えながら、侍にそう問いかけると、侍は痛みを堪えながら、何とか口を開く。
「ま、まず……て……【天刃】は生きてやがった……」
「何!?」
完全に死んだと思っていた大和家の守護神である【天刃】が生きているという報告に隊長は動揺を隠せなかった。
大和家を代々守護してきた守神家の現当主である守神ヤイバは、その実力から【天刃】と恐れられている。
詳しい戦力は誰も測ったことがないため、何とも言えなかったが、その実力は外国のS級冒険者に匹敵するほどだと言われていたのだ。
そんな【天刃】も、前回の襲撃で多数の人数の前に敗れ、死んだと思っていた。
だからこそ、次の襲撃で蹴りが付く。
そう、隊長たちは思っていたのだが……。
「くっ……【天刃】が生きていたのは確かに痛い。だが、貴様らは【天刃】を襲撃した連中よりさらに腕利きだったはずだ! しかも、人数も倍以上だぞ!? それなのに何故!?」
「それが……よ、よく分からねぇ……」
「よく分からないだと!?」
侍の言葉に、隊長だけでなく話を聞いていた部下たちも驚いた。
「貴様たち程の腕を持ちながら、何も分からずやられたと申すか!」
「ああ……ぐっ……いきなり……水の触手や……岩の触手が……俺たちを次々と蹴散らしやがった……」
「何だその状況は!?」
訳が分からない。
隊長のみならず、その場にいた全員が感じた感想だった。
この国に、水の触手や岩の触手などという訳の分からぬものを操る存在はいない。
たとえそれが、新種の魔物であったとしても、この腕利きの侍たちが一方的にやられるはずがないのだ。
「お、俺たちだって分からねぇよ……た、ただ……標的の近くに……見慣れねぇ……異国の連中がいたみたいだ……」
「何だと? 詳しく話せ!」
「いや……詳しくも何も、そいつらの姿を少し目にしたころには……俺たちは、その触手で……全員やられちまってたのさ……」
「くっ……!」
状況的に考えれば、どう見てもその異国の連中というのが怪しい。
だが、その実態を見る前にやられたとなると、かなり厄介だった。
「何でしょうか……妖術や仙術使いですかね? それとも忍術ですか?」
「いや、異国というからには魔法、と呼ばれるものを扱う連中だろう。全く忌々しい……!」
隊長は激しい怒りを抱きながら、そう吐き捨てる。
しかし、残念なことにこの惨状が魔法のものでもなく、ただ誠一のお願いを聞いた海と陸という、自然の力による制圧であったことを知る機会は永遠にないだろう。
これ以上侍から情報を得られないと分かった隊長は、すぐさま指示を出す。
「数人はここにいる侍たちを連れ帰れ! 少しでも戦力は惜しい」
「ハッ!」
「残りは俺と共に来い! 恐らく、奴らは忍びの隠れ里……『影の里』に身をひそめているはずだ。その入り口を探すぞ」
『ハッ!』
次の行動が決まった謎の男たちは、すぐに動き始める。
「待っていろ……次こそは必ず……!」
隊長はそう決意しながら、森の中を駆け抜けるのだった。
◇◆◇
「こちらが、皆さまのお部屋になります」
「おお!」
俺たちが案内されたのは、とても広い大部屋だった。
ちなみに、守神さんと月影さん、そして大和様は別の部屋なので、ここには俺たちしかいない。
そんな俺たちの部屋は、畳に質のいい机に、その上には急須や湯飲み、茶葉、茶菓子などが置かれ、ポットらしきものまで用意してある。あのポットみたいなものも、魔道具なんだろう。魔法ってすごい。
机の上に置いてある茶葉も、雰囲気的には緑茶かな? 後で確かめよう。
広さ的には俺たち全員が入っても十分広く、それでいて静かな高級感にあふれている。
久しぶりの畳と座布団に感動していると、俺はあることを思い出した。
「あ! そういえば、ウミネコ亭の部屋どうしよう?」
「あー……確かに、言われてみりゃあそうだな」
「でも、荷物とかは特に置いてないよね?」
「まあな。だからすぐに出てもいいっちゃいいんだが……」
「俺が転移して伝えてくるよ」
「そうか? 悪ぃな。頼む」
俺はすぐにその場から転移してサザーンのウミネコ亭に向かい、急な話ではあるがもう出発する旨を伝えた。
「はぁ……もちろん、出発されるのは問題ないですが、ずいぶん急ですね?」
「すみません。ちょっと色々ありまして……」
「いえいえ。私どもとしては、お客様方のおかげで収入もありましたし、街全体にあの伝説の食材ともされるバハムートを下さるなど、とても感謝しきれません。またこの街に来る機会がありましたら、ぜひこのウミネコ亭をご利用ください」
「はい!」
いい人だ。とても気分よく出かけられるぞ!
そう思った瞬間、ホテルの従業員さんは思い出したように続けた。
「あ、次にこちらに来る際は、時期を気にすることをお勧めします」
「クッ! 思い出しちまったよ!」
せっかくいい気分で戻れると思ったのに!
最後の最後であの中毒者たちのことを思い出すなんて……!
だが、従業員さんの言う通り、次に来るときはちゃんと時期を考えよう。あんな争奪戦、見たくないし。
何とも苦い思いをしながら再び転移魔法で隠れ里の宿に戻ると、部屋ではアルたちがのんびりくつろいでいた。
「お、お帰り。悪かったな……って、どうした?」
「……いや、ちょっとね」
「そ、そうか? まあいいや。お前もここ座れよ。このお茶ってヤツ、美味しいぜ」
「変わった味だけど、飲みやすいよね!」
アルたちに促されるまま腰を下ろし、サリアが入れてくれたお茶を飲むと、やはり予想した通り、緑茶の味がした。
「ほっ……染み渡るな、この味……」
「何か一気に老け込んだな、誠一」
「おじいちゃんみたい!」
俺の反応がおかしかったようで、サリアとアルが笑う。
すると、茶菓子を食べていたルルネがそっと俺にも茶菓子を差し出した。
「主様。こちらをどうぞ。そちらの飲み物と合わせますと、非常に美味しいですよ」
「お、ありがとう」
めっきり大人しくなったルルネは、暴飲暴食などせず、粛々と茶菓子を食べている。いや、結構な量を食べてるのは変わらないけど、以前みたいに一瞬で消えるなんてことはなく、ちゃんと口で味わっていた。
「……お布団、ふかふか」
「すごいですね! 床に直接引いて寝るのは初めてですが……これなら体も痛くなさそうです!」
「……ん。それに、皆と一緒に寝れる」
「そうですね!」
ゾーラとオリガちゃんはとても仲が良く、二人で部屋に用意されていた布団を前にはしゃいでいた。確かに、テルベールにある宿屋の『安らぎの木』や、先ほど行ってきた『ウミネコ亭』はベッドだし、日本式の布団は珍しいんだろうな。
そんな感じで各々がまったりと過ごしていると、不意にアルが口を開いた。
「それにしても、不思議だな」
「え?」
「ここ、隠れ里なんだろ? それなのに、なんでこんな立派な旅館があるんだろうな」
「言われてみれば……」
旅館というからには人が泊まること前提の施設のはずだが、この里の性質上、外の人が泊まるというのはあんまり考えられない。
揃って首を傾げていると、不意に声をかけられた。
「それは、かつては有力者たちがこの場所にお忍びで来ていたからでござるよ」
「あ、守神さん」
声の方に視線を向けると、俺たちの部屋の入り口に守神さんが立っていた。月影さんと大和様の姿は見えないので、二人は部屋で待っているのだろう。
「お忍びでって……そうなんですか?」
「……あまり大きな声では言えぬでござるが、それぞれが愛人などを連れてこの地にやって来るのはよく見る光景でござった。とはいえ、有力者たちはこの地の詳しい場所は分からないでござる。なんせ、拙者たちの手引きがなければこの里には入れないので……」
「手引きってことは、その人たちの部下にこの里出身者がいたんじゃ?」
「いや、ここ影の里の忍びが仕えるのは、代々大和家のみでござる。しかし、その大和家当主であるムウ様はあのような状態……里の者たちが生きていくには、少しお金が足りなかったでござる。故に、他の有力者たちから金をむしり取る名目で、この地を解放していたんでござるよ。もしこの地に来たければ、大和家の本邸に控えている忍びの者……つまり、月影殿に声をかけることで、予約のような形でこの里に来ることができたのでござる。もちろん、予約の際の合言葉もござった」
「結構、色々なことがあるんですね」
大人の事情って言うか、何て言うか……。
まあでも、ここの場所がバレないのであれば、今は問題ない。
すると、守神さんは思い出したように手を叩いた。
「そうだそうだ。拙者がここに来たのは、伝えることがあったからでござる」
「え?」
「まず、ここにいる間は好きにして構わないでござる。普段の護衛は、拙者と月影殿で行う故」
「えっと、大丈夫……というより、いいんですか? 俺たちもお手伝いしますけど……」
「こ、これは……!」
誠一たちが侍の襲撃を退け、そのまま影の里へと向かった後、しばらくしてその場所に怪しげな男たちが現れた。
この東の国では少々珍しい、全身を覆うローブを身に纏っており、服は日本ぽさを感じない。
だが、その男たちの顔には、まるで鬼のような仮面が付けられ、とても不気味だった。
そんな謎の集団の者たちが倒れている侍に近づくと、それぞれの体を確認する。
「……隊長。どうやら全員生きているみたいです」
「ただ、どれも手ひどくやられており、すぐに動くのは無理かと……」
「な、何が起きたというのだ……」
隊長と呼ばれた男は、部下たちの言葉を耳にしながら頭を抱えたくなった。
「もう二度と失敗できないというから、今まで以上の腕利きを送ったのだぞ……それも、【天刃】がいないこの状況で! 今の大和家についている者など、忍び風情が精々ではないか! どうやって……!?」
「隊長! 侍衆の一人が目を覚ましました!」
「ッ! 今すぐ連れてこい!」
隊長がそう命令すると、男たちに慎重に抱きかかえられた一人の侍が、満身創痍といった様子で隊長のもとに連れてこられた。
「何があった!? 説明しろ!」
隊長はできるだけはやる気持ちを抑えながら、侍にそう問いかけると、侍は痛みを堪えながら、何とか口を開く。
「ま、まず……て……【天刃】は生きてやがった……」
「何!?」
完全に死んだと思っていた大和家の守護神である【天刃】が生きているという報告に隊長は動揺を隠せなかった。
大和家を代々守護してきた守神家の現当主である守神ヤイバは、その実力から【天刃】と恐れられている。
詳しい戦力は誰も測ったことがないため、何とも言えなかったが、その実力は外国のS級冒険者に匹敵するほどだと言われていたのだ。
そんな【天刃】も、前回の襲撃で多数の人数の前に敗れ、死んだと思っていた。
だからこそ、次の襲撃で蹴りが付く。
そう、隊長たちは思っていたのだが……。
「くっ……【天刃】が生きていたのは確かに痛い。だが、貴様らは【天刃】を襲撃した連中よりさらに腕利きだったはずだ! しかも、人数も倍以上だぞ!? それなのに何故!?」
「それが……よ、よく分からねぇ……」
「よく分からないだと!?」
侍の言葉に、隊長だけでなく話を聞いていた部下たちも驚いた。
「貴様たち程の腕を持ちながら、何も分からずやられたと申すか!」
「ああ……ぐっ……いきなり……水の触手や……岩の触手が……俺たちを次々と蹴散らしやがった……」
「何だその状況は!?」
訳が分からない。
隊長のみならず、その場にいた全員が感じた感想だった。
この国に、水の触手や岩の触手などという訳の分からぬものを操る存在はいない。
たとえそれが、新種の魔物であったとしても、この腕利きの侍たちが一方的にやられるはずがないのだ。
「お、俺たちだって分からねぇよ……た、ただ……標的の近くに……見慣れねぇ……異国の連中がいたみたいだ……」
「何だと? 詳しく話せ!」
「いや……詳しくも何も、そいつらの姿を少し目にしたころには……俺たちは、その触手で……全員やられちまってたのさ……」
「くっ……!」
状況的に考えれば、どう見てもその異国の連中というのが怪しい。
だが、その実態を見る前にやられたとなると、かなり厄介だった。
「何でしょうか……妖術や仙術使いですかね? それとも忍術ですか?」
「いや、異国というからには魔法、と呼ばれるものを扱う連中だろう。全く忌々しい……!」
隊長は激しい怒りを抱きながら、そう吐き捨てる。
しかし、残念なことにこの惨状が魔法のものでもなく、ただ誠一のお願いを聞いた海と陸という、自然の力による制圧であったことを知る機会は永遠にないだろう。
これ以上侍から情報を得られないと分かった隊長は、すぐさま指示を出す。
「数人はここにいる侍たちを連れ帰れ! 少しでも戦力は惜しい」
「ハッ!」
「残りは俺と共に来い! 恐らく、奴らは忍びの隠れ里……『影の里』に身をひそめているはずだ。その入り口を探すぞ」
『ハッ!』
次の行動が決まった謎の男たちは、すぐに動き始める。
「待っていろ……次こそは必ず……!」
隊長はそう決意しながら、森の中を駆け抜けるのだった。
◇◆◇
「こちらが、皆さまのお部屋になります」
「おお!」
俺たちが案内されたのは、とても広い大部屋だった。
ちなみに、守神さんと月影さん、そして大和様は別の部屋なので、ここには俺たちしかいない。
そんな俺たちの部屋は、畳に質のいい机に、その上には急須や湯飲み、茶葉、茶菓子などが置かれ、ポットらしきものまで用意してある。あのポットみたいなものも、魔道具なんだろう。魔法ってすごい。
机の上に置いてある茶葉も、雰囲気的には緑茶かな? 後で確かめよう。
広さ的には俺たち全員が入っても十分広く、それでいて静かな高級感にあふれている。
久しぶりの畳と座布団に感動していると、俺はあることを思い出した。
「あ! そういえば、ウミネコ亭の部屋どうしよう?」
「あー……確かに、言われてみりゃあそうだな」
「でも、荷物とかは特に置いてないよね?」
「まあな。だからすぐに出てもいいっちゃいいんだが……」
「俺が転移して伝えてくるよ」
「そうか? 悪ぃな。頼む」
俺はすぐにその場から転移してサザーンのウミネコ亭に向かい、急な話ではあるがもう出発する旨を伝えた。
「はぁ……もちろん、出発されるのは問題ないですが、ずいぶん急ですね?」
「すみません。ちょっと色々ありまして……」
「いえいえ。私どもとしては、お客様方のおかげで収入もありましたし、街全体にあの伝説の食材ともされるバハムートを下さるなど、とても感謝しきれません。またこの街に来る機会がありましたら、ぜひこのウミネコ亭をご利用ください」
「はい!」
いい人だ。とても気分よく出かけられるぞ!
そう思った瞬間、ホテルの従業員さんは思い出したように続けた。
「あ、次にこちらに来る際は、時期を気にすることをお勧めします」
「クッ! 思い出しちまったよ!」
せっかくいい気分で戻れると思ったのに!
最後の最後であの中毒者たちのことを思い出すなんて……!
だが、従業員さんの言う通り、次に来るときはちゃんと時期を考えよう。あんな争奪戦、見たくないし。
何とも苦い思いをしながら再び転移魔法で隠れ里の宿に戻ると、部屋ではアルたちがのんびりくつろいでいた。
「お、お帰り。悪かったな……って、どうした?」
「……いや、ちょっとね」
「そ、そうか? まあいいや。お前もここ座れよ。このお茶ってヤツ、美味しいぜ」
「変わった味だけど、飲みやすいよね!」
アルたちに促されるまま腰を下ろし、サリアが入れてくれたお茶を飲むと、やはり予想した通り、緑茶の味がした。
「ほっ……染み渡るな、この味……」
「何か一気に老け込んだな、誠一」
「おじいちゃんみたい!」
俺の反応がおかしかったようで、サリアとアルが笑う。
すると、茶菓子を食べていたルルネがそっと俺にも茶菓子を差し出した。
「主様。こちらをどうぞ。そちらの飲み物と合わせますと、非常に美味しいですよ」
「お、ありがとう」
めっきり大人しくなったルルネは、暴飲暴食などせず、粛々と茶菓子を食べている。いや、結構な量を食べてるのは変わらないけど、以前みたいに一瞬で消えるなんてことはなく、ちゃんと口で味わっていた。
「……お布団、ふかふか」
「すごいですね! 床に直接引いて寝るのは初めてですが……これなら体も痛くなさそうです!」
「……ん。それに、皆と一緒に寝れる」
「そうですね!」
ゾーラとオリガちゃんはとても仲が良く、二人で部屋に用意されていた布団を前にはしゃいでいた。確かに、テルベールにある宿屋の『安らぎの木』や、先ほど行ってきた『ウミネコ亭』はベッドだし、日本式の布団は珍しいんだろうな。
そんな感じで各々がまったりと過ごしていると、不意にアルが口を開いた。
「それにしても、不思議だな」
「え?」
「ここ、隠れ里なんだろ? それなのに、なんでこんな立派な旅館があるんだろうな」
「言われてみれば……」
旅館というからには人が泊まること前提の施設のはずだが、この里の性質上、外の人が泊まるというのはあんまり考えられない。
揃って首を傾げていると、不意に声をかけられた。
「それは、かつては有力者たちがこの場所にお忍びで来ていたからでござるよ」
「あ、守神さん」
声の方に視線を向けると、俺たちの部屋の入り口に守神さんが立っていた。月影さんと大和様の姿は見えないので、二人は部屋で待っているのだろう。
「お忍びでって……そうなんですか?」
「……あまり大きな声では言えぬでござるが、それぞれが愛人などを連れてこの地にやって来るのはよく見る光景でござった。とはいえ、有力者たちはこの地の詳しい場所は分からないでござる。なんせ、拙者たちの手引きがなければこの里には入れないので……」
「手引きってことは、その人たちの部下にこの里出身者がいたんじゃ?」
「いや、ここ影の里の忍びが仕えるのは、代々大和家のみでござる。しかし、その大和家当主であるムウ様はあのような状態……里の者たちが生きていくには、少しお金が足りなかったでござる。故に、他の有力者たちから金をむしり取る名目で、この地を解放していたんでござるよ。もしこの地に来たければ、大和家の本邸に控えている忍びの者……つまり、月影殿に声をかけることで、予約のような形でこの里に来ることができたのでござる。もちろん、予約の際の合言葉もござった」
「結構、色々なことがあるんですね」
大人の事情って言うか、何て言うか……。
まあでも、ここの場所がバレないのであれば、今は問題ない。
すると、守神さんは思い出したように手を叩いた。
「そうだそうだ。拙者がここに来たのは、伝えることがあったからでござる」
「え?」
「まず、ここにいる間は好きにして構わないでござる。普段の護衛は、拙者と月影殿で行う故」
「えっと、大丈夫……というより、いいんですか? 俺たちもお手伝いしますけど……」