エディは信じられないというように目を見開くが、バリーさんは静かに首を横に振る。
「シュレメールの大旦那のほうから、急に取引を延期すると言われたんです。理由ははっきりと言われなかったんですが、なんでも品物を輸送中にキャラバンが襲われて大損をしたようで……」
「そういえば昨日の新聞にそのような記事が載っておりました。数日前、王都に向かう道中にあったキャラバンが山賊に襲われて、運んでいた荷物を根こそぎ強奪されたとか。商品を奪われた商人も、キャラバンに出資していた人々も大きな損害を被ったようで」
バリーの言葉を引き継ぎ、日ごろから新聞での情報収集を欠かさないルヴィクがそう言って顎に手を当てた。確かにそれほどの甚大な損害を被ったのなら、目下は新しい契約どころではないだろう。
「旅費が底を尽きてきたので、宿屋を引き払ってどこか他に安く泊まれる場所をと探して歩いていたら突然あの男たちに囲まれて……。なんとか逃げようとしたんですけど、ずっと追いかけてきて……」
「どうして、そこまでバリーさんを……? 何か心当たりはありますか?」
レティシエルはちらりとバリーに目を向けるが、バリーは困惑した表情でふるふると首を横に振った。
「いいえ……まったく。契約を打ち切られて、再契約をお願いしに行った際に付き返されることはありますけど、他は何も……」
「組合ギルド同士の何か揉め事に巻き込まれた可能性はありませんか?」
先日のエリックから聞いた話を思い出し、何か関係があるかもしれない、とレティシエルはエディに聞いてみた。
「うーん……どうでしょうか。証拠が見つかって裁判になったときには両成敗になってしまいますし、長く商売していきたい組合なら、悪評や取引停止で食い扶持を無くすようなリスクを背負ってまで、こんな暴力的な手段に出ないように思いますが……」
レティシエルの質問に対して、エディは腕を組み、眉間にしわを寄せながら答える。
「納品先のお客様とか、どこかのお貴族様のご機嫌を損ねてしまった可能性は?」
「それなら商品の質が悪いとか、そういう噂が立っていてもおかしくないと思うのですが……」
「そうなんですよね。うちの商品にそういった悪い評判もないようで……」
ニコルやルヴィクも加わり、その後も様々な可能性について出し合ったが、どれも予測の域を出ず、会話は行き止まりにつき当たってしまった。
途切れてしまった会話を紡ぐように、レティシエルは話題を変えてバリーに話しかける。
「宿を引き払われたとおっしゃっていましたが、この後どうされるおつもりですか?」
「もう少ししたら王都に出稼ぎに来る村の者たちが到着するので、到着次第彼らと共同で宿を取るつもりです」
「……それは危険じゃないですか? あの男たちは、もしかしたらまたバリーさんを狙ってくるかもしれないんですよ?」
バリーの言葉をさえぎるようにエディが心配そうに言う。
「もう縫物ができない私は売り込んで回ることでしか村を助けられないし、宿代もジークくんに工面してもらっているので、これ以上村のみんなに迷惑はかけられません。出稼ぎ組が来るまでもっと安い宿に泊まれればいいかなと……」
確かに安い宿の多くは王都の外れにあり、そういった場所は治安が悪いことが多いと聞く。身体の傷が癒えきっていないバリーを、再び危険にさらすわけにはいかない。レティシエルはしばらく思案し、バリーに提案する。
「バリーさん、よかったらうちに泊まっていきませんか? ここなら、少なくとも王都の安宿よりはずっと安全です」
「え? で、ですが、これ以上ご迷惑をおかけするわけには……」
「私はちっとも迷惑ではありませんよ。困っている方を放ってはおけませんから」
公爵家を出てからクラウドやニコルの事情に触れ、さらにジークの村の状況を知り、千年前も今も民の生活には日々様々な苦悩や困難、無力感が連綿と付き纏っているのだとレティシエルは実感した。
戦乱から遠ざかった平和なこの時代に、貴族として転生した自分はその豊かさを日々何気なく謳歌して生きているのだろう。
しかし、公爵家を出てからこの豊かで平和な国を見聞きしていくうちに、民の日常に埋もれている苦難が、煌びやかな貴族社会という夢幻なる蜃気楼の向こう側に隠されてしまっているようで、幾度も胸が詰まるような思いがした。自分にできることで手を差し伸べてあげられることはないのだろうか。レティシエルはそう思った。
「し、しかし、やはりダメですよ……! 私のような身分の低い田舎者が、ドロッセル様にご迷惑をおかけするなど恐れ多いことで……」
なおも言い募るバリーを制し、レティシエルは諭すように優しく話りかける。