CONTENTS
Prologue
Chapter.1
幕間 ~interlude.1~
Chapter.2
幕間 ~interlude.2~
Chapter.3
幕間 ~interlude.3~
Chapter.4
幕間 ~interlude.4~
Chapter.5
Epilogue
Prologue
その日、少年は翼を失った。
意識を取り戻すと同時に彼が認識したのは、全身を苛(さいな)む痛みだった。
腕が痛い。足が痛い。背中が痛い。呼吸をしようと吸い込んだ空気は肺を内側から圧迫し、身体(からだ)の内側までが痛みを訴えていた。
頬(ほお)に触れているのは、土と草の感触。身体を動かすと、それだけで全身がばらばらになりそうな激痛が走り、彼は悲鳴を上げた。
「ぁ……っ、ぐっ……!」
脂汗を流しながら、地面に手をついて身体をどうにか起こす。
なにが起こったのか。激しい痛みとは裏腹に、霞(かすみ)がかかったような思考で周囲を見渡し──彼は絶句した。
そこは、広大な草原だった。遠目に森と空と、遥(はる)か上空に浮かぶ大地の底が見える。そんな素っ気ない光景の中で、少年は黒煙を燻(くゆ)らせる機械の残骸(ざんがい)に抱かれるようにして倒れていた。
微(かす)かに記憶が蘇(よみがえ)る。そう、少年はその機械に乗り、遥(はる)かな空を飛んでいたのだ。
「……そうだ……空を、飛んでたんだ」
霞(かすみ)がかかっていた思考がクリアになり、記憶が一気にフラッシュバックする。鮮明に覚えている。鮮やかなまでに目に焼き付いている。
(……僕たちは上の世界を目指して、空に昇っていって、それで──)
──墜(お)ちた。
ハッと気づく。飛行機械に乗っていたのは、自分だけではないことに。
「リア!」
腹の底から這(は)い上(あ)がってきた悪寒を吐きだそうとするように、少年は名前を呼ぶ。
「リア! リア! どこにいるの、リア……!」
一歩進むたびに身体(からだ)中(じゆう)の骨に亀裂(きれつ)が入るような痛みがあったが、彼はかまわずに声を張り上げ、近くにいるはずの相手に呼びかける。けれど、返事はない。名前を呼び、返事がないことを確認するたびに、少年の胸に焦りが募っていく。
煙が目に染みて涙が滲(にじ)み、喉(のど)がひりひりと焼けつく。最悪の結末が頭の中に浮かんでは、それを振り払うように一層大きく名前を叫ぶ。
と──。微かに、本当に微かに、風の音に混じった声を聞いた。
「……カ……ィ……」
「リア……!」
確かに自分の名前を呼んだ。声のした方へ、機械の破片をかきわけ──辿(たど)りつく。
「リア……っ、…………!」
そして、言葉をなくした。
そこに倒れていたのは、一人の少女。使い古しのジャケットは元々はモスグリーンだったが、流れ出た少女の血でどす黒く変色していた。
ゆっくりと、少女の目が開く。
「……よかった……無事だったんだ、カイ……」
今にも消え入りそうな、震えた声。その顔は血の気を失って青白く、もはや意識を保っているのがなにかの奇跡としか思えないありさまだった。
「リア……」
かける言葉が浮かばず、ただ名前を呼ぶ。そんな少年を安心させるように、少女は蒼白(そうはく)な顔で困ったように笑って見せる。
「はは……ちょっと、失敗しちゃった、かな……」
ゆらりと、少女の手が持ち上がる。小さな指で空を──その先にある、空に浮かぶ大地の底をつかもうとするように、手を伸ばす。
「……行けると思ったんだけど、な……ちょっと、欲張りすぎちゃったみたい、だね。まあ……なんとか下層までは、来れたみたい……だけど……」
力無く揺れる少女の手を、少年が両手で包み、自分の額に押しつける。祈るように。あるいは──赦(ゆる)しを請うように。
「ごめん……ごめん……リア……」
「カイ…………?」
不思議そうに少年を見上げる少女。
「どうしたの……? なんで、カイが謝るの……?」
「僕が……僕のせいで……、僕が……!」
少年のこぼした涙が、少女の手を伝って流れる。
傷を負った少女の隣で、少年は泣き続けた。
空を目指した少年と少女は、望みを果たすことなく、地へと墜(お)ちた。
身の程知らずの望みを抱いた果ての、悲惨な結果──
それは、少年時代の終わりを告げるには、あまりにも苦い結末だった。
Prologue
Chapter.1
幕間 ~interlude.1~
Chapter.2
幕間 ~interlude.2~
Chapter.3
幕間 ~interlude.3~
Chapter.4
幕間 ~interlude.4~
Chapter.5
Epilogue
Prologue
その日、少年は翼を失った。
意識を取り戻すと同時に彼が認識したのは、全身を苛(さいな)む痛みだった。
腕が痛い。足が痛い。背中が痛い。呼吸をしようと吸い込んだ空気は肺を内側から圧迫し、身体(からだ)の内側までが痛みを訴えていた。
頬(ほお)に触れているのは、土と草の感触。身体を動かすと、それだけで全身がばらばらになりそうな激痛が走り、彼は悲鳴を上げた。
「ぁ……っ、ぐっ……!」
脂汗を流しながら、地面に手をついて身体をどうにか起こす。
なにが起こったのか。激しい痛みとは裏腹に、霞(かすみ)がかかったような思考で周囲を見渡し──彼は絶句した。
そこは、広大な草原だった。遠目に森と空と、遥(はる)か上空に浮かぶ大地の底が見える。そんな素っ気ない光景の中で、少年は黒煙を燻(くゆ)らせる機械の残骸(ざんがい)に抱かれるようにして倒れていた。
微(かす)かに記憶が蘇(よみがえ)る。そう、少年はその機械に乗り、遥(はる)かな空を飛んでいたのだ。
「……そうだ……空を、飛んでたんだ」
霞(かすみ)がかかっていた思考がクリアになり、記憶が一気にフラッシュバックする。鮮明に覚えている。鮮やかなまでに目に焼き付いている。
(……僕たちは上の世界を目指して、空に昇っていって、それで──)
──墜(お)ちた。
ハッと気づく。飛行機械に乗っていたのは、自分だけではないことに。
「リア!」
腹の底から這(は)い上(あ)がってきた悪寒を吐きだそうとするように、少年は名前を呼ぶ。
「リア! リア! どこにいるの、リア……!」
一歩進むたびに身体(からだ)中(じゆう)の骨に亀裂(きれつ)が入るような痛みがあったが、彼はかまわずに声を張り上げ、近くにいるはずの相手に呼びかける。けれど、返事はない。名前を呼び、返事がないことを確認するたびに、少年の胸に焦りが募っていく。
煙が目に染みて涙が滲(にじ)み、喉(のど)がひりひりと焼けつく。最悪の結末が頭の中に浮かんでは、それを振り払うように一層大きく名前を叫ぶ。
と──。微かに、本当に微かに、風の音に混じった声を聞いた。
「……カ……ィ……」
「リア……!」
確かに自分の名前を呼んだ。声のした方へ、機械の破片をかきわけ──辿(たど)りつく。
「リア……っ、…………!」
そして、言葉をなくした。
そこに倒れていたのは、一人の少女。使い古しのジャケットは元々はモスグリーンだったが、流れ出た少女の血でどす黒く変色していた。
ゆっくりと、少女の目が開く。
「……よかった……無事だったんだ、カイ……」
今にも消え入りそうな、震えた声。その顔は血の気を失って青白く、もはや意識を保っているのがなにかの奇跡としか思えないありさまだった。
「リア……」
かける言葉が浮かばず、ただ名前を呼ぶ。そんな少年を安心させるように、少女は蒼白(そうはく)な顔で困ったように笑って見せる。
「はは……ちょっと、失敗しちゃった、かな……」
ゆらりと、少女の手が持ち上がる。小さな指で空を──その先にある、空に浮かぶ大地の底をつかもうとするように、手を伸ばす。
「……行けると思ったんだけど、な……ちょっと、欲張りすぎちゃったみたい、だね。まあ……なんとか下層までは、来れたみたい……だけど……」
力無く揺れる少女の手を、少年が両手で包み、自分の額に押しつける。祈るように。あるいは──赦(ゆる)しを請うように。
「ごめん……ごめん……リア……」
「カイ…………?」
不思議そうに少年を見上げる少女。
「どうしたの……? なんで、カイが謝るの……?」
「僕が……僕のせいで……、僕が……!」
少年のこぼした涙が、少女の手を伝って流れる。
傷を負った少女の隣で、少年は泣き続けた。
空を目指した少年と少女は、望みを果たすことなく、地へと墜(お)ちた。
身の程知らずの望みを抱いた果ての、悲惨な結果──
それは、少年時代の終わりを告げるには、あまりにも苦い結末だった。