此处插播《听到涛声》原作者冰室冴子对清水的评价
私が清水玲子さんの漫画を雑誌で読んだのはたぶん『チェンジ』あたり、さらに強烈な印象で清水さんの名前が記憶に刻まれたのは『メタルと花嫁』で、いわば完成された物語美の美しさ、品のよさに魅了された。
我在杂志上读到清水玲子的漫画大概是《CHANGE》1984年LaLa 8月大増刊、白泉社,让清水的名字在我的记忆里更加深刻地留下强烈的印象是在《机器人与新娘》1985年LaLa 2月大増刊,换言之完成的物语之美的美丽、品质的美妙让我入迷。
<物語美>を説明するのは難しいのだけれど、絵柄やキャラクターが美しいというのとも違って、作品世界全体に破綻がなく、猥雑なものがなく、作品全体を貫く書き手側の美意識が感じられ、それがストーリーテリングやキャラクターたちの魅力とあいまって、独自な美しさをうむ――くらいの感じで、私は猥雑さを排した静かなものが好きなので、清水さんの世界がたまたま、その好みに合致していたのかもしれない。
虽然说明“物语美”很困难,它与画面、角色的美不同,作品整体没有破绽,没有下流杂乱的内容,感知到贯穿全作的身边的美感,这与叙事和角色相辅相成,诞生出独自的美丽——这样的感觉。我喜欢安静的排除了杂乱的东西。也许是清水的世界刚好,跟我的这个爱好不谋而合吧
たとえば『龍の眠る星』(白泉社花とゆめコミックス)だと、住民すべてが星脱出のためにいなくなり、タカビーな女王陛下一人が残され、美しい無人の宮殿の、たぶん大理石製かと思われる硬質の長いはるかな階段を、娘の亡骸をひきずってゆくのを仰角で描きだす一シーンなどが、ストーリーテリングとは無関係に、いつまでも印象にのこったりする。
比如说《异星奇龙(白泉社花与梦漫画系列)》里居民们全部逃离的星球,女王陛下一人留下,在美丽而无人的宫殿里,大概是大理石制的硬质的长长的台阶上,拖着女儿的尸体的仰角镜头,虽然跟讲故事并无关系,但是总能留在我的印象里。

そこには美しい(人気の途絶えた)廃墟へのひそかな憧憬があり、さらにいえば、生きることは猥雑な行為だという思い、その猥雑さを超えた生の領域として、近未来の世界が描かれているわけで、けっして生を否定しているわけではないところも好きだ。
那里有着向美丽的(荒无人烟的)废墟的秘密憧憬,换言之,我认为有生命的事情本身就是杂乱的行为,那种杂乱超过了生的领域,描绘近未来的世界,绝非是为了否定生的这点也很喜欢。
『月の子』で、ふいに空間をわって現れる魚の群れの幻影の、あの魚たちはなぜか色っぽくて、やはり美しい。色気のある動植物。人気の耐えた廃墟の美しさ。石やセラミックやメタルといった硬質な触感を“美”ととらえる感覚。それらは確かに手応えのある書き手からのメッセージで、私は清水さんの漫画をそんなふうに読んでいる。
《月之子》中,突然在空间中出现的鱼群的幻影、那些鱼不知为何妩媚动人,果然是很美丽的。充满诱惑力的动植物。无人废墟的美丽。石头啊陶器啊金属的硬质的触感捕捉到美丽的感觉。那些感触确实是手中的书里传达出来的信息,我是这样读清水的漫画的。
(氷室冴子『ホンの幸せ』より)
