「あなたに帰って欲しい理由もそれです」
深刻そうな顔を変えず、円長はただゆっくりと酒を啜っている。
「まだ決めたわけではない」
「それでも付いてきてくれましたね」
「あんたが約束を守る男かどうか、確かめに来ただけだ」
「それならご安心を」再び笑みを取り戻した厠所は少し興奮気味に言葉を綴った。
「あの卵はすでに局の者に渡されて、明日届けられる予定です。今回の報告書と発掘申請と一緒にね。返事は二日以内でこちらに知らせると思われます。こんな重要な資料ですから、ボスが放っておくはずがありません。中央WHU絡みのことならなおさら…」
重要な資料と中央WHU絡みだけだから…か。
今度円長の口からは何もなかった。文句も自嘲も、嘆きも怒りも。人としてのあるべき感情の表しのひとかけらもなに一つ、なかった。
まるでそれら全部、あの時から失ったかのように。
いや、ひとつだけまだ残っているかもしれない。いや、はっきりと残っている。
後悔。
ずっと歩いてきたこの道でいろんな意味の別れを数え切れないほど経験したつもりでいたが、「あの時自分がもっと早ければ…」と、心の底からいつもそう考えていた。そして今も。
「あれはあなたの責任ではありません」
円長の変化に早くも気づいた厠所が思考を巡った結果はあまりにも気休めで、相手のことを何も考えちゃいないみたいになっている。
「あの子たちが下手に走らなければ…」
「そう、彼らはまだ子供だから」躊躇なく話の腰が折られてしまう。
「もっと早く気づいてやれば、あんなことにはならなかった」
はあっと、厠所の力の込めていない笑いはもはやため息になっていた。
なかなか止まない集会所の喧騒の中で、ロングテーブルの端っこのこの静けさはいやに目立っている。
ドアがドンと開けられるまで。
「誰か!いっぱいだ!町の外にいっぱいの竜が!!」
入口のドアに持たれかかっているのは、自衛討伐隊の制服を着ている若い男の姿だった。焦りを隠せず、息も乱れているその男は、誰か信じてくれと言わんばかりのオオカミ少年のようにまた叫んだ。
「竜がいるぞ!!」
今までのねっとりした暑苦しい空気をようやく冷えさせたその一声が小石どころか、まるで落ち葉のようにひらりと水面に触れ、漣もいえない波紋を弾け、一種の耳障りな雑音を集会所に反響させた。
お互いキョロキョロと見合わせる『ハンター』たち。それなのにまるで事前約束したかのように、誰も立とうとしなかった。
深刻そうな顔を変えず、円長はただゆっくりと酒を啜っている。
「まだ決めたわけではない」
「それでも付いてきてくれましたね」
「あんたが約束を守る男かどうか、確かめに来ただけだ」
「それならご安心を」再び笑みを取り戻した厠所は少し興奮気味に言葉を綴った。
「あの卵はすでに局の者に渡されて、明日届けられる予定です。今回の報告書と発掘申請と一緒にね。返事は二日以内でこちらに知らせると思われます。こんな重要な資料ですから、ボスが放っておくはずがありません。中央WHU絡みのことならなおさら…」
重要な資料と中央WHU絡みだけだから…か。
今度円長の口からは何もなかった。文句も自嘲も、嘆きも怒りも。人としてのあるべき感情の表しのひとかけらもなに一つ、なかった。
まるでそれら全部、あの時から失ったかのように。
いや、ひとつだけまだ残っているかもしれない。いや、はっきりと残っている。
後悔。
ずっと歩いてきたこの道でいろんな意味の別れを数え切れないほど経験したつもりでいたが、「あの時自分がもっと早ければ…」と、心の底からいつもそう考えていた。そして今も。
「あれはあなたの責任ではありません」
円長の変化に早くも気づいた厠所が思考を巡った結果はあまりにも気休めで、相手のことを何も考えちゃいないみたいになっている。
「あの子たちが下手に走らなければ…」
「そう、彼らはまだ子供だから」躊躇なく話の腰が折られてしまう。
「もっと早く気づいてやれば、あんなことにはならなかった」
はあっと、厠所の力の込めていない笑いはもはやため息になっていた。
なかなか止まない集会所の喧騒の中で、ロングテーブルの端っこのこの静けさはいやに目立っている。
ドアがドンと開けられるまで。
「誰か!いっぱいだ!町の外にいっぱいの竜が!!」
入口のドアに持たれかかっているのは、自衛討伐隊の制服を着ている若い男の姿だった。焦りを隠せず、息も乱れているその男は、誰か信じてくれと言わんばかりのオオカミ少年のようにまた叫んだ。
「竜がいるぞ!!」
今までのねっとりした暑苦しい空気をようやく冷えさせたその一声が小石どころか、まるで落ち葉のようにひらりと水面に触れ、漣もいえない波紋を弾け、一種の耳障りな雑音を集会所に反響させた。
お互いキョロキョロと見合わせる『ハンター』たち。それなのにまるで事前約束したかのように、誰も立とうとしなかった。