プロローグ 弁護士エル・ウィン
「ほらぁっ!命が惜しい人は机の上にお金を出して、両手を上げなさい!」と、叫んだのは私。
昼食時の客でにぎわう薄汚れたカフェに、緑の玉石が埋め込まれた場違いなほど高価そうな宝剣が鋭くきらめく。
この剣を見たら、誰も私を強盗だと思わないだろうな~
女だし……
細身で、小柄で、可憐な茜色の長髪で、その上まだうら若き十六乙女
でも、私はほんとに強盗なのだ……
祖国リルミルトが仇敵がイラルハルに侵略されてから早二年。城から持ち出した資金が底をつき、付き随っていた最後の従者が私の元を離れるは十分な時間だった。
この高価そうな剣は、王位継承者だけが持ちことを許される帝国伝来の宝剣。
そして私は、この剣以外にもう金目のものはなにも持ってない……
薄汚れた茶色いマントに安での旅装。
うう……ホンの数年前までは北大陸最強の勢力を誇っだリルミルト帝国王、グレアム・ラルカイルの娘として、なに不自由のない生活を送ってたっていいうのに!
と、頭に帝国でお姫様業だけをやってればよかった頃の回想シーンがふぁ~っと、こうふぁ~っと浮かんできて……
ってああもうっ!ダメダメ!過去の栄光を振り返ってもむなしいだけよ!いまは目の前のことだけに集中するの!
奪う目標は当然お金。
元帝国王女(私のコトよ?念のため)が、もう二日飲まず食わずで旅を続けているなんて!
コトは緊急を要している。正義をどうこういってる状況ではない。
私はもう一度叫んだ。
「聞こえてなかったの!お金を机の上に出して、両手を高く上げなさい!さもないと皆殺しにするわよ!」
と言ってるのに、誰も手を上げない。それどころか私の後ろ、カウンター席のほうから、男たち数人のゲスな笑い声が上がった。
「な~に言ってんだ?この嬢ちゃんは?おままごとならよそでやってくれよ」
「なんならおれが、面倒見てやってもいいけどよぉ?」
そしてまたゲスな笑い声が、今度はカフェ全体から上がる。
明らかに馬鹿にされている。
くう……なんて無礼なやつらっ!そんなふうに笑ってられるのも、いまのうちだけなんだからねっ!
私は動揺を隠して胸を張った。
「へぇ……あんたが私の面倒を見てくれるっての?」
「ああ……へへ、いろいろとな」
好色な目で私を見つめる薄汚い大男。
うう、やだやだ。これだから下賤な身分の男は……あの、へへ、っていう気色悪い含み笑いを漏らしている間に、きっととんでもなくいやらしいことを考えてるんだろう。
うおっ!?
そう考えた途端、頭の中に、その男の襲われているピンチな私が思い浮かんで、思わず背中に悪寒が走った。
きゃ~誰か~!?
ってな具合にふざけてる場合でもないわよね。ここで弱気になったらますますっけこまれた、卑猥なコトたくさん言われそうだわ。そうなったら分が悪い。下ネタじゃ男に絶対勝てないんだから、強気にでなきゃダメ!
がんばれ私!
私はさもなんでもなさそに、男をやんわり見据えて、
「それは私をてごめにするってことなんでしょう?」
「おお、話が分かってるじゃねーか」
「分かるわよ。あんたみたいな男が考えることなんて知れるもの。酒と女と博打。まったく、芸がないっだらありゃしない……でもいいわよ。あなたのでごめになってやっでも。だけど、私は強い男が好きなの。お楽しみは、私を力でねじ伏せてからね」
と、私は剣を構える。
「もしあなたが私に戦って勝てたら、好きなだけどどうぞ」
その挑発で、男は立ち上がった。背のそれほど高くない私なんかよりは、頭四つ分もおきい。男は、カウンターに立ちてかけてあった長刀を取り上げ、ニヤついたぶかっこうな唇を舌べでロリとなめた。
「へへ、こりゃとんでもない拾いもんをしたな……」
と長刀を抜き放つ。
「手加減してやるから安心しな、嬢ちゃん」
「もう!のうがきはいから早くきなさいよ」
「言われるまでもねぇ」
そう言って、男が長刀を振り上げた瞬間!
パンッ!!
一足飛びに間合いを詰め、振り上げられた私の宝剣の腹の部分が、大男の頭部にたたき込まれていた。
勝負はその一瞬で決まった。
男はその衝撃に意識を失い、その場の崩れ落ちる。
私はそのまま体勢を崩さず、再び剣を構えて、
「いまのはまぁ、デモンストレーションってところね。次は殺しわよ。さあ、今度は誰が私をてごめにしたい?」
「……」
一瞬呆然とする男たち。そして、
「な、なめやがってこのアマ!?」
「ぶっ殺してやる!!」
と、今度は同時に三人、とげとげのついた棍棒やら、でっかい斧やらと、やたら物騒な武器を手に襲いかかってきた。
「おっけい。三人様ご招待~」
気楽に言いながら、私は振り下がろされる斧を一寸でかわし、一人目の頭にさっきと同様、宝剣をたたきつけた。それだけで男は昏倒する。これで一人目終了。
続いて横薙ぎに襲いかかってくる棍棒をしゃがんで避け、即座に折り曲げた体を跳ね上げて、剣の柄の部分を男の顎にヒットさせる。はい、これで二人目。
三人目はその、私の可憐かつ魅力的かつ圧倒的な強さに唖然としているところを、私の右ストレートによって殴りつけられ、あっけなく気絶。はい、三人目。
とまあ、ざっとこんなモンかしら。
「ふぅ……さて、次は誰が挑戦する?」
私は笑みを浮かべて周りを見まわした。
しかしカフェは静まり返り、もう誰も名乗りを挙げない。ふふ、いまの勝負で、馬鹿な男どもは気がついたのだ。こんな小柄な少女が単身、男が何人もいるカフェに自信を持って押し入ってくるのには、その裏にどれほどの実力を備えていなければならないのか、ってことを……
私はかつて、私の剣の師匠兼、護衛役をしてくれていた、ある女性の言葉を思い出した。
「お嬢様。敵を見てくれで判断してはいけませんよ?たとえばこの私……あなたとは四つしかかわらないし、その上、女なのにもかかわらず帝国騎士団の長をさせて頂いています。でもほら、こうやってドレスを着ていれば、そんなふうにはとても見えないでしょ?きれいで、おしとやかで……え?言い過ぎ?あはは」
快活な笑い声。彼女の教えてくれる一言一言は、いつも分かりやすくて、全て勉強になった。ほんとに四つしか離れていないのに……頼り甲斐があって、彼女がいればどんな困難にも負けないと思えたものだ。祖国が滅びたあとも、彼女が一緒にいてくれたから、あきらめずにやってこれたのだ……
なのに彼女も……
って、いかんいかん!またもう元には戻らないことばかり……
だめよミア!さあ、気を取りなおして、強盗再開するのよ!
と、私がいまの戦闘によって乱れた長い髪を整えながら、
「さ、皆さんに異論がないようなら、さっき私が言ったことを、やってもらえるのかしら?」
そう聞くと、カフェにいた客たちはおびえ顔でゴソゴソと金や財布を木製のテーブルの上に出し始める。
ギラリと光る私の宝剣の前に、みんな素直だった。
私は各テーブルを廻って、あらがじめ用意してきていた袋にお金を詰めていきなながら、いまさらながらの考えが頭に浮かんで、ため息をついた。
はあ、しかしまあ、帝国令嬢が……強盗とはねぇ……
ほんといまさらだけど……
強盗をする前は空腹の勢いもあって、それほど心に躊躇はなかったけど、いざ、おびえた客たちのお金を奪っている自分の姿を見ると、後悔の念がわいてくる。生活のためとはいえ、こんなことをこれから何回続けていけばいいんだろう?
というよりもむしろ、これから私はなにを目的として生きていけばいいんだろう?
ここのところいつも浮かんでくる悩みが、頭をもたげてくる。
帝国の復興?
そんなの無理だ。いまの私にはとてもそんな力はない。まだ幼いし、両親も兄弟も、お城の人たちも国民も、私は全てを失ってしまったのだ。
あの女性すら私を裏切って……
彼女が最後に、私の首に剣をつきつけて言った言葉を思い出す……
さみしげな目をして、
「あなたには無理よ……お嬢様」
それは突然のことだった。私には、なんでいきなり彼女が、あんなことを言い出すたのかも分からない。ただ、もっとも信頼していた人が、私の元を去っていくのを、私は止めることはできなかった。
ほんとうに私は全てを失くったのだ。
私は見捨てられたのだ……
そんな私に、なにができる?
その上、ここ南大陸にも流れてくる、侵略国ガイラルハルの良政は有名だし……私が再び兵を起こして無駄な血を流す必要があるだろうか?
ない。
悔しいけど、あの人殺したちに復讐する大義も、力も、いまの私にはないのだ……
じゃあ、死ぬまで強盗を繰り返す?
馬鹿な!それこそ無益だ。
「はぁ……結局、私の存在意義ってなんなのかしら?」
と呟いた私の目の前で、顔色を青くしたご婦人が一瞬不審げな視線を送ってくる。それに私はぎこちない笑みで答えながら、ご婦人の前に置かれている豪華な財布を回収し、最後のテーブルに移ろうとした。
その瞬間!
ジリリリリリリリ!
突然警報が店内に鳴り響いた。誰かが警報装置を押したのだろう。
しかし私は慌てなかった。
ここは小さな田舎町だ。大都市ではない。ってことは、この町に駐在しているのは、小規模の保安隊のみ。多くて四人というところだろうか?とすると朝晩交代で、二人ずつ勤務ってとこかしら?
う~ん……ま、こんなこと自慢にもなんにもならないけど、私の実力なら、二人ぐらいはどうにでもなる。
だから私は慌てなかった。
警報装置をを押した人にも、怒る気はない。
私は気を取り直して、最後のテーブルの上に置かれているお金を袋に詰めるため、振り返った。
が、
「あら?」
そこで少し驚いた。
そのテーブルには、お金が出ていないかったのだ。ただ紳士風の身なりをした、二十代前半くらいの黒髪の若い男ーー体格ががっしりしているわけでもないし、背だって、平均よりは少し高いというくらいで、特別大きいわけでもないーーようするにこの状況下、私に太刀打ちできるようにはとでも見えない男が、店内で起こっていることにはまったく興味のない様子で、平然と新聞を読みんでいた……
ただ平然と……
「あのぉ、お金、出してもらえますか?」
「…………」
うお!?無視された。こんなふうに無視されると寄る辺もない。
こちらが威嚇のために振り上げた宝剣も……見てもいない。
彼はただ、その黒髪とはどうしてもミスミマッチな印象を受ける、作り物のような真紅の瞳をわずかに細めて、悠然と新聞の文字のみを追っている。
や、やりにくい……
と私が思った矢先、男が突然呟いた。
「警報がうるさいな……」
それで私は切れた。
「無視すんな!」
と、宝剣を一振りして、男の新聞を切り裂く。そして剣の切っ先を男の鼻面に突きつけて、
「空気が読めない男って、私嫌いなのよね。あんまりなめると、痛い目みるわよ」
目一杯ドスを利かせた声音でそう言ってみたが、男は動じない。
剣の切っ先を緊張感のない、新聞を読んでいたときよりもさらに平然とした赤い瞳で見つめて、ため息なんぞをついてくる。
「君、早く逃げたほうがいいと思うよ。あんなに警報が鳴ってるじゃないか。君はもしかして、この町には保安官があまりいないから、いつでも逃げ出せると思ってるのかもしれないが……っと、ああ、もう遅かったか。それじゃあさよなら」
などと、男は意味不明な言葉を残して再び二つに割れた新聞を器用に合わせ、読み始める。私が突きつけている剣にはいっさい気を払わあない。
うぬぬぬぬ~!